スペシャルウィークの母は3人!?人間に育てられたダービー馬の軌跡を調査!

「スペシャルウィーク」といえば、あの武豊騎手を初めてダービー騎手にした馬で、競馬を好きな方ならこの馬を知らない人はいないほど有名な競走馬ですよね!

数々のライバルたちとのハイレベルなレースを繰り広げ、当時の競馬界の中心的な競走馬になっていました。

引退後は、種牡馬になりシーザリオやブエナビスタなどのG1馬を輩出し、母の父としても活躍馬を多数輩出しており種牡馬としても競馬界に貢献しました。

最近ではウマ娘にも登場して話題になっていますね。

本記事では、そんなスペシャルウィークの母について、そして生い立ちや経歴ついてまとめましたのでご紹介します。

スペシャルウィークのプロフィール

www.sponichi.co.jp
  • 毛色:黒鹿毛
  • 生産者:日高大洋牧場
  • 生年月日:1995年5月2日
  • 父:サンデーサイレンス
  • 母:キャンペンガール
  • 母の父:マルゼンスキー
  • 主戦騎手:武豊
  • 主な勝ち鞍:日本ダービー(1998) 天皇賞・春秋(1999) ジャパンカップ(1999)

スペシャルウィークの母が3人ってどういうこと!?

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スペシャルウィークは1995年5月2日に北海道・門別町の日高大洋牧場にて生まれました。

この母親が3人(頭)の理由についてはスペシャルウィークの壮絶な誕生秘話に隠されています。

それではスペシャルウィークのお母さんたちについてご紹介します。

スペシャルウィーク1番目の母

スペシャルウィークにとって、1995年5月2日の誕生日は最愛の母との別れの日にもなった日なってしまったのです。

母・キャンペンガールはスペシャルウィークを妊娠中に腸の一部が壊死した状態になってしまい非常に危険な状態であったといいます。

出産予定日は5月の中旬であり、予定日まで母・キャンペンガールの命は持たないかもしれないと考えた牧場の代表は陣痛促進剤を投与し出産時期を早めることに決め、「せめてお腹の子だけでも助けたい」その一心で危険な出産に挑みました。

そして最後の力を振り絞り、出産を終えたキャンペンガールは、生まれきたばかりの我が子に授乳できる状態ではなかったそうです。

スペシャルウィークを出産したキャンペンガールは、我が仔の無事を確認すると出産から5日後に安心したように息を引き取ったそうです。

スペシャルウィーク2番目の母

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自分の命と引き換えに、この世に誕生したスペシャルウィークでしたが母から授乳できないため代わりの授乳馬を探す必要がありました。

そこで牧場が考えたのがおとなしい種類の馬が良いということから、競走馬ではなくソリなどを引くための馬「重種馬」でした。

一般的に競走馬などの「軽種馬」は気性が荒いため、比較的おとなしい「重種馬」のほうが乳母馬には向いているとされているそうです。

そしてこの大きな「重種馬」からスペシャルウィークは授乳することになりました。

しかしこの乳母馬はスペシャルウィークに乳を与えることを嫌がるため、牧場スタッフはなんとかスペシャルウィークが乳母馬から授乳できるように手を尽くしたそうです。

最初は無理矢理にでも授乳させようとしたそうですが、自然と授乳してくれるようになり牧場スタッフも一安心、そして2番目の母と同じ馬房で生活したスペシャルウィークは、血は繋がっていなくても本物の親子のように乳母馬を慕い、すくすくと成長していきました。

そんな幸せな生活が4ヶ月続いた頃、ある問題が出てきたそうです。

重種馬は軽種馬と比べて2倍から3倍も乳の出が多く、飲みたいときに飲みたいだけ乳を飲むことで、どんどんと太ってしまい脚への負担も大きくなってケガの危険が高まっていました。

そのためスペシャルウィークは当初の予定よりも約1カ月早く、離乳することになりました。

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そして、1ヶ月も早くスペシャルウィークは母との別れが訪れることになったそうです。

離乳は競走馬となるためには誰もが通る道ではありますが、二度の母との別れはさすがに可哀想ですね。

スペシャルウィークは見えなくなった乳母馬を慕って鳴き続け、乳母馬も姿の見えない仔馬を呼び続けたそうです。

スペシャルウィーク3番目の母

そんな悲しい出来事が続く中、スペシャルウィークに愛情を注ぐ新しい存在が現れます。

それが、当時ニュージーランドから牧場にやってきていたティナという若い女性スタッフでした。

母親の愛情を知らずに育ったスペシャルウィークにとって、母親のようなやさしさを持つ女性のほうが合うのではないかとの判断から、ティナさんがスペシャルウィークの担当を任されることになりました。

http://www.b-t-c.or.jp

ここからティナさんとスペシャルウィークの競走馬になるための生活が始まりました。

競走馬になるためには「馴致」という訓練を行い、背中に人を乗せることを覚えさせるのですが、スペシャルウィークは人のいうことをよく聞く、非常に扱いやすい馬ですぐに人を乗せることを覚えたそうです。

スペシャルウィークは非常に賢く、ティナさんは教えれば教えるだけ成長するスペシャルウィークに惚れ込み、夢中になっていったそうです。

ティナさんは他馬の何倍もの時間をかけてスペシャルウィークの世話をし、体をすみからすみまで入念にチェックし、丁寧に手入れをしたそうです。

スペシャルウィークとティナさんの訓練の日々が続いていたある日、牧場代表が本格的に走りを覚えさせようと、ティナさんに15-15(1ハロン15秒程度)で走らせるように指示されました。

ティナさんがスペシャルウィークに乗り走らせたところ、まったくペースが上がらず、まるで遊びながら走っているように感じた代表はティナさんにこう言ったそうです。

「遅すぎる。ティナは何をやっているんだ。これでは調教にならない」

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しかし、時計を見てみると1ハロン14秒台で走っていたことに気が付き、このとき代表はスペシャルウィークの能力を初めて体感したそうです。

「走り方とスピード感がまるっきり違う。本気で走ったら、どこまで速くなるんだ」

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ティナさんの愛情いっぱいに育てられたスペシャルウィークは、とてつもない能力を秘めた馬に育っていました。

そして2歳になったスペシャルウィークは、オーナーの意向より設備の整った大規模な育成牧場で育成したほうがいいだろうという判断でノーザンファーム空港牧場へと移ることになり、ティナさんとの別れの日が訪れてしまいました。

もう少し長く一緒に居られると考えていたティナさんは代表に「厩舎に行くのなら仕方ないが、他の育成牧場に行くのは納得が行かない。調教師とオーナーを説得してほしい」と涙ながらに訴えたが、代表は「この馬をもっと強くするために…」とティナさんを説得したそうです。

こうして3人の母の愛情を受けたスペシャルウィークは競走馬としての第一歩を踏み出しました。

スペシャルウィークの競走成績は!?

sportiva.shueisha.co.jp

スペシャルウィークの生涯成績は17戦10勝(10-4-2-1)

ja.wikipedia.org

掲示板を外したのは一回のみで、後は全て3着以内という抜群の成績ですね!

1997年、牧場スタッフの愛情を一心に受けてスペシャルウィークは競走馬としてのスタートを切りました。

スペシャルウィークの手綱を任されたのは「武豊」騎手、デビュー戦はムチを入れることなく持ったままで快勝。

レース後に武豊騎手は

「将来性はかなり高いですね。いつでも反応してくれそうな手応えだったし、直線で仕掛けてからの反応も抜群でした。調教で乗った時にイメージした通りの競馬をしてくれました。強い馬ですね」

ja.wikipedia.org

武騎手は初めてスペシャルウィークに騎乗して、その素質にすでに気がついていたようですね!

武豊をダービージョッキーに!!

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天才と言われる武豊騎手でもデビューから10年が経っても日本ダービーだけは勝てずにいました。

そんな中、出会ったのがスペシャルウィークでした。

初めて追い切りでスペシャルウィークに騎乗したとき、素晴らしい乗り味でスタミナもあり好タイムが出たのに、まったく息を乱さずケロッとしている姿に武豊騎手は

「ダービーを勝つのは、こういう馬なのかな」と感じたそうです。

そして、その予感は見事的中することになります。

皐月賞でセイウンスカイに敗れていましたが、武騎手は2400mなら負けない自信があったそうです。

そして迎えた日本ダービー。

結果は5馬身差をつける圧勝で、初G1制覇を成し遂げると同時に武豊騎手は初の日本ダービー制覇となりました。

生まれてすぐに母を亡くし、乳母馬に育てられ、その後はティナさんに育てられたスペシャルウィークがダービー馬になるなんて作られたストーリーのようですね!

日本の総大将になる!?

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1999年のジャパンカップには、その年に凱旋門賞を制覇していたモンジューが参戦していました。

その凱旋門賞でモンジューに敗れ2着だったのが日本から遠征していた「エルコンドルパサー」でした。

エルコンドルパサーは前年のジャパンカップを3歳で勝利しており、スペシャルウィークとしてはモンジューをここで倒せば日本一の証明にもなるレースでした。

エルコンドルパサーの仇を打つべく日本の総大将が意地を見せます!

そして見事、日本の総大将であることを証明した瞬間でしたね!

まとめ

本記事ではスペシャルウィークの母や生い立ち、そして経歴をご紹介しました。

本記事でわかったことをまとめると

  • スペシャルウィークの母は実母・乳母馬・ティナさんの3人
  • スペシャルウィークの成績は17戦10勝で着外は一度だけ
  • スペシャルウィークが武豊騎手をダービージョッキーにした
  • 世界一の馬「モンジュー」をジャパンカップで撃破

生まれた時から悲劇が続いたスペシャルウィークでしたが、その度に支えてくれる存在が現れてくれるのは、この馬がダービー馬になることが決まっていたからではないかと思えてしまいますね。

残念ながら2018年4月27日に23歳でこの世を去ってしまいましたが、これからもスペシャルウィークの血は受け継がれていきます。

スペシャルウィークが活躍していた当時は、グラスワンダーやエルコンドルパサーなど多くの活躍馬がおり、G1レースで勝つのは大変なことだったと思います。

それだけスペシャルウィークの強さがわかりますね。

いつかスペシャルウィークのお墓参りに行けたらいいなと思っています。

最後までお読み頂きありがとうございました。

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